猫好きの猫アレルギーの人ほど、心の底から気の毒だと思った人はいない。
小さな頃から猫好きで、三度の飯より猫が好き。猫を触らなければ人生やっていけない僕。
猫アレルギーのせいで猫に触ることができない猫好きの人は、猫好きという名の同胞からして本当に辛い。
猫が好きなのに、猫に触れることができない。世の中にこんなに辛いことがあっていいのだろうか。好きなケーキ屋の店の中で、ショーケースに並ぶケーキを見ながら断食するようなものだ。
そんな猫好きの僕が、猫アレルギーと診断されたのは意外だった。しかも、ただの猫アレルギーではなかった。
物心がついた頃には猫がいた。
スコティッシュホールドの品のあるグレーカラーのオス猫。よく見るとうっすらしましま模様があり、たぬきみたいな猫だった。
スコティッシュホールドらしく、小さい頃は耳がたれていた。どういうわけか、大人になったら成長とともに耳も立ち上がってしまった。大人になったらスコティッシュホールドらしからぬ猫になった初代飼い猫。
餌を要求する時と、喧嘩する時以外は鳴くことはなく、ただひたすらストーブの前にある椅子によっかかり、おっさん座りで座禅をしているような猫だった。
人に媚びることがほとんどないネコ。スリスリをすることもあまりなく、寝ていることがほとんど。
初代を飼い始めてからだいぶたった。小学校の3年生ぐらいだったと思う。風邪を引き、母に連れられて病院に行くことになった。たまたま、僕の前に診察を受けていた人が、病院の先生にアレルギー診断の結果を聞いているのが母の耳に入ってしまった。
それは僕にとっては災難だった。診断の順番がまわり母は先生に「前の人の話が聞こえてしまったのですが、アレルギー検査の診断できるのですか?」と先生に聞いてしまった。「はい、できますよ。保険は聞かないけど」先生はそんなことを言っていた。そのままアレルギー検査をうけることになった。
今はどうか知らないが、当時の検査方法は血液検査が必要だった。注射嫌いの僕は、アレルギー検査をたまたま受けていた人に向かって「余計な検査うけないでよ」と心の底から毒づいた。
アレルギー検査の結果は紙で渡された。そこには順番に、猫、犬、小麦、などなど。よく聞くアレルギーの名前が縦に順番に並んでいる。その横に横棒グラフがあり、アレルギーが強いものほど横棒が長く伸びていた。
アレルギー診断の結果は、猫がダントツ1位。横棒グラフが振り切れそうなぐらいの勢いがあった。犬が2位。猫に比べたら圧倒的に低い。他のアレルギーは気にする必要なものはなかった。
先生は「猫アレルギーは気をつけたほうがいい」と言っていたのを覚えている。
でもおかしい。物心がついた頃から猫は家にいた。猫を飼っていて、よくある猫アレルギーの症状、くしゃみ、かゆみ、湿疹。まったく症状はでていない。
初代猫は、あまり人に媚びないから、自分から人に触られには行かない。僕の方からは積極的に初代猫を触りにいった。初代と一緒に寝ることもあった。ザラザラした舌で舐められることもあった。糞尿の片付けをすることもあった。それでも、アレルギー症状は出たことがない。
アレルギー検査には、圧倒的に猫アレルギーとでている。客観的に見ると猫アレルギーらしい。
アレルギー検査の結果は「好きな動物ランキング」ぐらいにしか思えなかった。どちらかと言ったら犬より猫派。血液検査が優秀でも、好きな動物判定までできるとは思えない。
もしかしたら「だれか別の人の血液で検査でもしたのかも」とも考えた。
本当の猫アレルギーの正体がわかることになったのは、初代猫が亡くなって、二代目の猫を飼うことになったことがきっかけだ。
初代とは違い二代目の猫は、よく鳴き、人に媚び、よくスリスリをし、人と遊ぶのが好きな猫だった。茶トラの雑種のオス猫。
二代目は、お風呂に入りに行こうとすると一緒についてきた。一緒に風呂にはいるわけではない。お風呂上がりの僕に、クシでブラッシングしてほしいからついてくるのだ。
二代目の首の根元から、アゴの先辺りまでブラッシングすると、よだれをたらしながら気持ちよさそうな顔をしたものだ。
猫アレルギーの本当の原因がわかったのは、このブラッシングがきっかけだった。
お風呂上がりに自分の体を拭いていると、二代目は早くブラッシングをしてほしいのが理由なのか、すごい勢いでスリスリをしてくる。
その時気づいた。「なんかかゆい」
足を見てみると、二代目がスリスリした場所に、赤い筋のような湿疹ができている。足のいたるところにスリスリをするから、赤い蛇が螺旋を描きながらのぼっているような模様にも見える。
「なんだこれ」と思った。
猫と出会ってこんなにかゆいと思ったことはない。かゆみは時間が経てば引いていく。その時間がすぎるまでは猛烈なかゆみが続く。
今までこんなことはなかった。初代を飼いはじめ亡くなるまで十数年。二代目をかいはじめ数年。友人の家の猫や野良猫を触ったりすることもあった。数多くの猫を触ったが、今まではこんな症状はなかった。
僕は気づいた。
初代はスリスリをあまりしなかったが、二代目はよくスリスリをする。野良猫にスリスリをされたが症状は出なかった。風呂上がり、何も履いていない状態でスリスリされる。ここに原因がある気がした。
また明くる日の風呂上がり、二代目に身をまかせスリスリさせてみた。なにか鼻が当たる時ヒヤッとした感覚がある。よく見るとその場所は赤い筋ができていた。
この瞬間ひらめいた!原因がわかったのだ。
僕の猫アレルギーの正体は「猫の鼻先の湿ったところアレルギー」だ。
猫はどういう仕組かわからないが、鼻先が湿っている。その湿っているところが当たると、アレルギー症状が出るらしい。
今まで症状が出なかったのは、初代はスリスリをあまりしなかった。野良猫や友人の家の猫はズボンを履いていてすりすりをガードしていた。これが症状がでなかった理由で間違いないだろう。
「猫の鼻先の湿ったところアレルギー」の正体がわかったところで、猫を飼うのをやめたり、猫を避けることはまったくなかった。
今までどうり猫と暮らし、今までと同じように、二代目のブラッシングを欠かさなかった。
ただ、スリスリにだけ気をつけるようになった。風呂上がりの激しい二代目のスリスリだけ。二代目の鼻先には爆弾がついているぐらいの気持ちで。
アレルギー診断をしてくれるなら、はっきりと、猫の、何が、原因なのか、診断して教えてほしかった。
診断結果に「猫の鼻先の湿ったところアレルギー」と書いてくれれば余計な心配をすることはない。
世の中の猫好きの猫アレルギーの人達の中には僕と同じように、症状は出ていないにもかかわらず検査をしたら猫アレルギーと判定され、猫を飼うのを諦めた人がいるのかもしれない。
猫アレルギーの症状が出ていないのであれば、本当は、猫の、何が、原因で、猫アレルギーなのか特定すれば、うまく猫とつきあっていくことができる。
「猫の鼻先の湿ったところアレルギー」のように、鼻さえ避ければ問題ない。工夫して対策して、猫を飼うことを諦める必要はないのかもしれない。
世界で僕だけかもしれない猫アレルギーは、猫と別れることはなく、よりうまく工夫して猫とつき合うきっかけとなった。
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