オス犬が妊娠して一家離散になった

飼い犬のブラックは、黒い何かを、元気よく追い回していた。
畳12枚分ぐらいの広さはある庭で、全速力では走れないが、小走りぐらい走り回るには十分な広さだ。「楽しそうにしているなー」当時5才だった僕には、黒い何かと、黒毛が美しいブラックが、遊んでいるようにしか見えなかった。ブラックは遊び疲れたのか、庭の端で丸くなって眠りについた。

「ブラック全然起きないね」母が、昼過ぎから夕方まで眠り続けるブラックを、気遣っていたのをよく覚えている。全然起きないブラックを、兄が起こしに行くと、ブラックは亡くなっていた。

全てはそう見えていただけで、実際は違っていた。黒い何かはクマンバチ。遊んでいるように見えたのは、外敵から身を守るため戦っていた。眠りについたように見えたのは、クマンバチに刺され、毒の影響で亡くなっていたのだ。

まだ幼かった僕には、死がどういうものなのかよく認識しておらず、あまり悲しかった記憶がない。むしろ、その夜のある出来事がきっかけで、嬉しい記憶の方が大きい。

その夜、父が車で帰ってくるのを出迎えると、助手席に見なれない生き物が座っていた。小麦色で、姿勢がとてもよく、行儀の良い、犬が助手席に座っていたのだ。会社の父の友人が、飼えなくなったのでもらってきたそうだ。父は、その日にブラックが亡くなったのを知らなかった。まったくの偶然で、ブラックが亡くなり、入れ違いで新しい犬がやってきたのだ。

新しい犬はラッシーと名付けられた。とても力の強いオス犬で、散歩をすると力の制御ができず、ラッシーの行きたいところに連れて行ってもらうような状況になる。これでは、ラッシーに散歩されているようなものだ。

ラッシーは悪い癖がある。庭を脱出して、一人勝手に散歩に行ってしまうのだ。そのまま、帰ってこないということはなく、朝脱出したら、夜には必ず帰ってくる。ラッシーも犬の学校に行っているのかと当時思っていた。

ラッシーの脱出を防ぐために様々な対策をした。首輪をつけてリードを杭につければ、首輪を自力で外し、家から脱出。柵の隙間から抜け出ていることがわかったので、あみで隙間を閉じると、あみを嚙み切り脱出。あみを強力なものに変えると、大ジャンプで柵を越して脱出。色々な対策を下が、頭の良い犬で、いたちごっこで終わってしまう。

でも、ある時からピタッと、脱出することをしなくなった。原因は数ヶ月後に判明する。僕が昼過ぎに家に帰ってくると、両親は不在で、兄だけが家にいた。兄は家といっても、飼い犬のラッシーの家、犬小屋に頭を突っ込んで何かをしていた。兄は犬小屋から顔を出すと、家の中に入り何かをしてから、また犬小屋に帰るという作業を繰り返していた。

兄に「何しているの?」と聞くと、兄は「絶対に誰にもいうなよ」と、黙ってあるものを見せてくれた。それは、まだ生まれたばかりの子犬で、兄の手のひらの上で、何かを求めてもぞもぞしていた。「どこでもらってきたの?」と僕は聞くと、兄は「ラッシーの子」と一言いった。兄は、ラッシーからお産婆さんのように、犬を取り上げてあげていたのだ。取り上げた子犬は七匹。一度取り上げた子犬は、ラッシーの要望に答えて犬小屋に戻してやった。

その夜両親は「聞き覚えのない子犬の声が犬小屋からする」といい、犬小屋を調べて子犬が生まれたことをしる。僕は母に全てを話した。家に帰ったら、兄が犬を取り上げたこと、全て見たままに打ち明けた。ラッシーがもらわれた時に、オス犬と聞いていて、家族全員オス犬と思い込んでいた。オス犬らしい力強さもあり、オス犬っぽい凛々しい顔立ちもしていた。全てはそう見えていただけで、実際は違っていた。メス犬ラッシーの脱出は、恋人に会いにいっていただけだったようだ。

兄にはその後「絶対にいうなよといっただろう!」と、激昂された。なぜ怒られるのかわからない僕は泣いてしまった。ラッシーと子犬七匹との生活は、僕にとって幸せな毎日だった。一匹、一匹に名前をつけて、みんなで一緒に遊んで、それは今後も続くものだと思っていた。

子犬が生まれて数ヶ月後、うちに見慣れない軽トラックが停まっていた。軽トラ後ろには、黒っぽい茶色のルーフが張ってあり、夜逃げ専用のトラックのように見えた。母にトラックのことをたずねると、「犬をもらってくれる人が見つかったのよ」と言った。ラッシーと子犬6匹をもらってくれる人がいて、トラックでもらいにきたそうだ。僕はその言葉を信じていた。トラックに乗り込む子犬とラッシーは、今思うと悲しそうにしていたような気がするが、僕には新しい家族の元に行くものだと思っていたので、元気よく「みんな元気でね。ありがとう。幸せにね」と、手を振って見送ったのを覚えている。

そのトラックがどこに行ったかをわかったのと、兄がなぜ激昂した理由がわかったのは、だいぶ季節も移り変わって、大人に少し近づいた頃だ。

ラッシーの子供、たった一匹家に残された子犬ロッシーは、ラッシーと同じように力強く、脱出しないこと以外はそっくりだった。今度こそ間違いなくオス犬だ。

うちの一家は天然なのだろうか。僕が5歳の時の話なので、僕はともかく両親は、これから飼う犬がオスかメスかぐらい、実際に目でみて確認するものではないのだろうか。しっかり確認しておけば、せっかく縁のあった犬の縁を、切るようなことはしなくてもよかったはずだ。しかも、産んだ母犬にも責任とらせて、一匹のオス犬だけ残すのも残酷な話だ。当たり前のことだが、責任取れない命を飼ってはいけない。勝手気ままに命を預かってはいけない。兄が激昂したのは、バレないように子犬を隠して、その間に誰かに譲ろうと考えていたためだと思う。それなのに、僕がベラベラ事実をしゃべったから激昂したのだろう。この出来事があってから、絶対に命に責任をもつ、責任の取れない命を預からないと、子供ながらに決心した。

スポンサーリンク
レクタングル大




シェアする

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル大