校長先生が最後に折った、誰もが喜ぶ、誰も真似できない千羽鶴

体験・取材・調査

校長先生の最後の挨拶は短かった。思い出そうとしても、何を話したか思い出せない。覚えているのは、話が短かったことだけ。

大学卒業してから教職一筋。校長にもなり定年まで勤めあげ、思い入れもあったと思う。そのわりにはあっけない。

当時、小学生だった僕にとって、校長先生の話は短ければ短いほど嬉しかった。周りのみんなもそうだった。校長先生の長い話で倒れる生徒がよくいると聞いた。通っていた小学校では、倒れる生徒はいなかった。校長先生は、生徒のことを最優先に考え、余計な話を省き、短めに話してくれたのだと今では思う。

話が短く、話の内容も覚えていない。失礼ながら顔も思い出せない。そんな校長先生を今でも鮮明に記憶しているのは、最後の挨拶から1週間ぐらいしてからの出来事がきっかけだ。

「先日退職した校長先生から、みんなにプレゼントがあります」小学校5年性の時の担任の先生が、朝のホームルームで話はじめた。校長先生は、最後の挨拶をし、退職してから学校には来ていない。なぜ、退職して数日たってからのプレゼントなのか疑問に思った。

「先頭の人、前に取りに来て後ろに席に回して」先生が指示を出すと、前の席の生徒が集まり、先生から何かを受け取り、後ろに回しはじめた。「何をもらえるのだろう?」前からくる何かにドキドキしたのを覚えている。テストのプリントがまわってくる、緊張感のあるドキドキとは全く違う。校長先生からプレゼントをもらうことなど、後にも先にもこの時が最後だった。

先頭から流れ着いたものは、小指の先にちょうど乗るぐらいの、コルクがささった小さな透明なびん。最初は何かお菓子でも入っているのかと思った。よく見てみると中には、小さな、小さな、色違いの折り鶴が3羽入っている。

しかも、折り鶴1羽づつ大きさが違う。7ミリ、5ミリ、3ミリ。米粒と同じぐらい。いやむしろ一番小さな鶴に至っては、米粒の方が大きいぐらいだ。米粒サイズの鶴に気づいた生徒は、順番に歓声を上げていく。「すごい」「うわー」「真似できない」みんな似たような言葉を口に出していた。僕も素直にすごいと思った。歓声がおさまってから、担任の先生は話しはじめた。

「校長先生はね、退職の日まで、毎日一人分づつプレゼントを作っていたの。しかも、全生徒、教師も含めて」当時通っていた小学校は、全校生徒約700人。先生も含めると相当な数となる。退職の日から逆算して、約700日前から作業をはじめたことになる。退職日の約2年前から、毎日、極小の折鶴を3羽づつ折りビンに入れる。作業は多大な労力になる。

「校長先生は、プレゼントを作っていることを、誰にも言わなかったの」誰にも相談もせず、周りの助けも借りず、自分で決めて、自分の心を込めて、一人で全生徒分のプレゼントを作り上げた。しかも、学校を辞めてからプレゼントを送り、生徒の反応をみることもしなかった。校長先生かっこよすぎる。当時素直に思った。

「校長先生の最後のプレゼント大事にね」先生の話は終わり、いつもどうりの授業が始まった。校長先生がくれたプレゼントは、先生の話が理由ではないが宝物の一つになった。

学校の帰り道、折り鶴の入ったビンを空にかざしてみると、極小の鶴達が空を羽ばたいているように見えた。一人3羽、約700人分と少しで、合計すると約2000羽もの鶴。千羽鶴と言ってもいいだろう。

プレゼントをもらった生徒達は、今ではきっと、鶴のように羽ばたいているだろう。小さかった鶴は、瓶をとびだし、大きくなって。校長先生が最後のプレゼントが、なぜ千羽鶴を選んだかわからない。でも、考えてみると長く校長を勤めた学校への思いが込められていたんだと思う。学校の名前は鶴久保小学校。

きっと、思い入れのある学校の名前が、千羽鶴をプレゼントにするきっかけになったのと想像する。それでいて、迷惑にならない、邪魔にならない、処分に困らないように、生徒のことを最大限に考えてくれて、小さな、小さな、折り鶴、千羽鶴をプレゼントしようと考えたのだと思う。生徒がプレゼントを受け取って、どう考えるか想像力を働かせて。話の短い校長先生は、最後まで生徒のことを考えてくれた、生徒思いの校長先生だった。

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