ユニクロがくれたダイヤモンド

まさか、スタートと同時にお接待されるとは思ってもいなかった。「これが四国のお接待なのか」としみじみ思ったのをよく覚えている。

僕は歩きでお遍路(四国八十八ヶ所巡り)をするため、スタートとなる一番札所徳島県にある霊仙寺に来ていた。霊山寺にはこれからお遍路に出向く、真っ白の白装束を着たお遍路さんがたくさんいた。春になると現れる、同じようなリクルートスーツを身にまとう若者を見ているようだった。

お遍路するために必要な道具は、霊仙寺で買い揃える事ができる。他の新参者のお遍路さんと同じように、真っ白の白装束を購入し、足を傷めないように杖を購入した。

お寺を参拝しご祈祷を受け、いざ出発しようと山門を一歩踏み出そうとした。

その時、「お遍路さん」と僕に向かって声をかけてくる人がいた。最初は誰に声をかけているかわからなかった。お遍路さんという呼び名にまだなれていなかったからだろう。

もう一度「お遍路さん」と呼びかけてくる声を聞いて振り向いた。そこには60代ぐらいの女性が、車の運転席から窓を開けて、僕に優しい笑顔を向けている。

「これから歩くの?」僕は小さな声で「はい」と答えた。「そこで、うどん食べていく?」「いえ、まだスタートしたばっかりなので、お気持ちだけいただきます」スタートしたばかりという理由もあるが、見知らぬ人の親切にまだ警戒していたため断ってしまった。

「もう、いいから食べていきなさい。これがお接待よ」半ば無理やり霊仙寺の真横にあるうどん屋に連れて行かれた。

四国には独自の文化が有る。お遍路をする人に食事や飲み物など無償で施すことをお接待という。お遍路さんは、弘法大師さまと一緒に四国を歩いているといわれていて、お遍路さんにお接待するということは、弘法大師さまにお接待しているのと同じで、功徳を積むことができるといわれている。

お接待してくれたのは、せいこさん(仮名)とい名前の愛媛在住の方。暇だったからドライブをしていたところ、山門に入っていく僕を見つけたらしい。

せいこさんは「色白で弱々しくてキレイな顔していて、とても1200キロ歩けるように見えなかったから声かけたくなったの」と言っていた。せいこさん食事をご馳走してくれただけではなかった。旅の資金として5000円もくれた。ほぼ歩いていないのに、こんな大金もらっていいのかと思ったのをよく覚えている。

食事を終えてせいこさんは車に乗り、「愛媛の近くに来たら連絡して」と言って、連絡先を渡してくれた。

せいこさんは「そうだ、そうだ」と言いながら、一旦乗った車をおり、後部座席のドアを開けて、なにかを取り出した。

それは、ユニクロの黒のタートルネックのフリースだ。「寒いと思って買ったけどあげる」そう言ってから、車に乗り「またね」といって去っていた。

このユニクロの黒のタートルネックのフリースは大いに役に立った。僕がお遍路の旅に出たのは12月の後半から。四国は温暖だからと思っていた僕は、薄着しか持っていかなかった。

四国が温暖なのは間違いないが、場所によっては雪もふり、遍路の道の途中には高い山の上にあるお寺もある。真冬の時期に薄着で白装束の格好ではとても耐えられない寒さだ。

お遍路1200キロの道のりゴールまで40日間。ユニクロのタートルネックのフリースは、お遍路の最中ずっと身にまとっていた。タートルネックの上に白装束を着ていた。

雨の日も、風の日も、雪の日も、寝袋で野宿しているときも、知らない人に襲われそうになった日も、いつもユニクロのタートルネックを着ていた。

いつの間にか、ユニクロのタートルネックのフリースは自分の肌の一部のように感じられるようになってきた。

四国お遍路を1200キロ歩き終えてから15年。いまだにユニクロの黒のタートルネックのフリースを現役で着続けている。秋になる頃に着始めて、春になる前にはタンスにしまわれる。

15年もの間着続けるのには理由がある。

それは、旅の思い出が詰まっているからだ。タートルネックを着ていると思い出す。せいこさんや優しくしてくれた人々。旅の思い出。1200キロ歩きとうした自信も思い出される。ユニクロのタートルネックには、ダイヤモンドと同じように光輝く思い出がある。

でも、思い出だけで着続ける事はできない。お遍路に有名ブランドのコートを持っていったが、思い出の詰まったコートは破れて処分してしまった。着続けるにはそれなりの頑丈さ耐久性が必要だ。タートルネックはどんなに雑な使い方をしても、破れることはなかった。未だに当時のままほぼ変わらず利用できる。ダイヤモンドなみの頑丈さがある。

思い出と頑丈さだけで着続けることはできない。流行り廃りがあるからだ。お遍路の旅の白装束にも思い出がたくさんあるが、一般社会でははずかしくて着ることはできない。ユニクロの黒のタートルネックはシンプルで飽きのこないデザイン。ダイヤモンドと同じように飽きのないデザインだ。

思い出があって、頑丈で、シンプルなデザインがあっても、値段が高くてはどうにもならない。せいこさんが気軽に僕にプレゼントしてくれたのは、値段が手頃だったからであろう。見ず知らずのお遍路さんに、数万円の服などくれるとは思えない。価値のあるものを、鉛筆のようにやすく売れる、ユニクロの経営力があったおかげだ。

ユニクロの黒のタートルネックをお店で普通に買っただけでは、15年間着続けることはなかっただろう。

鉛筆にダイヤモンドのような価値をもたらすのはその人の心次第。ダイヤモンドを鉛筆ていどの価値しかないと思うのもその人の心次第。頑丈さだけでも、デザインだけでも、価格だけでもできない。

ユニクロの黒のタートルネックには、僕の思い出、心を込めるだけの器があった。この器に何をつめこんでいくかは僕次第。10年ぐらいしたらまた新しい価値がでてくるかもしれない。

ただのユニクロではない。それは僕だけのユニクロ。

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