こんなにも身近で、手を伸ばせば届く。それなのに、君を知ることはなかった。
君という存在に気づいたのはいつの頃だろうか。君は雑草のようだね。名も知らない雑草にも、様々な種類があり名前がある。雑草の名前を知ったその瞬間、ただの雑草は、雑草である何かになる。
君は多くの中の一つでしかなかった。君を知ることができたのは、他の何よりも大きく育ったからだ。ただの雑草だらけの草むらが、やがて遷移して森になるように。
君をはじめて見た瞬間を忘れられない。それは一目惚れのような感覚だ。心臓の鼓動が早まり、勢いづいた心臓から流れ出る血液は、全身を駆け巡り口元に集まる。その瞬間に声に漏らした。
「えっ、嘘だろ」、自分の目を疑った。
びっくりしすぎて、自分が病気になったのかと考えたよ。大きな声を出してごめんね。
衝撃と共に、君に触れたいという気持ちが強くなる。触れたら壊れてしまいそうで躊躇した。欲求に勝つことはできなかった。君に軽く触れる。生まれたての子猫を触れるように優しく。君は嫌がることも、拒むこともなかったね。
誰も選ばないこんな場所で、こんなに大きく育ったのは奇跡みたいだ。雑草はよく強さの象徴のように例えられることがある。でも、本当の雑草は弱い。植物の成長には光が必要だ。植物は上に上に伸びて枝葉を伸ばす。その光の影に埋もれてしまった草木は枯れてしまう。雑草は、そんな競争のある森では生きられない。
自分の生きれる場所で生きるしかない。道ばた、畑、アスファルトの隙間、人間のいるような場所。環境に適応して、特殊に進化した特殊な植物。それが、雑草。
君が多くの中の一つにならなかったのは、自分が生きれる場所、競争のない場所を選んだことが理由だね。競争が無ければ、栄養は独り占めできる。
「はみ出し者」と言ったら君に失礼かな。君を見ていると、競争社会で生きている人間が小さく見えるよ。多くが選ぶ道を行こうとし、競争しあい、消耗して枯れていく人間を。自分の生きれる場所で生きれば、枯れゆく人間も君のように大きく育つかな。君のような生き方を参考にしてほしい人間が、世の中にたくさんいるよ。
でも、不思議だね。君が育った場所と同じような環境がすぐそばにある。そこでは、君のようなはみ出し者は現れなかった。目の前に誰もが選ばない不毛の地がある。そこで一人生きることは孤独で困難が伴う。適応することができれば、利益は独り占めすることができる。生き方を変えられる選択肢があるのに、多くの人が選ぶ同じ道を進む。自分で考えることもなく。目の前に幸せがあるのに誰も掴まない。それは、空気を掴むようなものだ。
君が多くの中の一人だったら、一番になれなかっただろう。君が誰もが選ばない特殊な場所を選び、一人で生きることを選んだ。
それが、一番になった理由。誰も選ばない、一番になれる場所。それが、あなたらしさ。
君も数十年もれてば、やがて白く変化していくのであろう。みずみずしい艶のある芽が、やがて花となり枯れるように。
その時は、私も老いて、やがて死を迎えているだろう。
君と私は一心同体。
君の死は、私の死。私の死は、君の死。
言葉にすることができなくても。
病める時も、健やかなる時も、幸せな時も、困難な時も、富を持つ時も、貧しき時も、死が私たちをさこうとも。君はどんな時も、私のそばに寄り添ってくれるだろう。わたしが離れようとしても、君がわたしから離れようとしても。
君の名をどう呼べば良いか考えた。何度考えても、適当な言葉が見当たらない。君を最初に認識した言葉で呼ぶのが良いだろう。
「私の右の乳首に生えた、スマートフォンより長くなった毛」
いつか君に良い名前をつける時が来るかもしれない。自分の乳首に生えた毛に話しかける自分を想像すると、若干の不気味さは感じる。自分に生えた、自分の毛に話しているのだから、自問自答と言えるのかもしれない。
君は、何度か生え変わることを繰り返した。その度に、長さは変わったが、大きく成長することに変わりはない。君を見ると、失敗の先に、成功があることを教えられる。君とわたしの生き方は似ている。でも、まだ君ほど成長できていない。
君の成長が止まらないように、私も君と同じように成長をしていこう。次の目標はタブレットだね。
君の生き方に教えられたことがたくさんある。君に学んだことを、君に返すことはできない。せめて君に学んだことを、手紙として残しておくよ。学んだことを忘れないために。
言葉の伝わらない君(私の右の乳首に生えた、私のスマートフォンより長くなった毛に)に感謝を込めて。
ますますのご発展をお祈り申し上げます。
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