永平寺の参禅研修(座禅修行体験)で起きた誰にも言えなかった奇跡

体験・取材・調査
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もう話しても問題ないと思う。この話をすると誰かに迷惑がかかりそうで言わなかった。

今から20年以上前の話だ。

今でも永平寺で行われている、3泊4日の参禅研修(座禅体験修行)に修行へ行った。猛烈に寒かった記憶と、お雑煮を食べた記憶があるので、12月だったと思う。永平寺に行こうと思ったのは、自己改革、精神修行、と言ったところだ。

永平寺での体験は、自分の人生で何本かに入るぐらいすばらしい体験となった。そこでの体験は鮮明で、今の人生に大きな影響を与えている。

これから書こうとしていることは、その修行中に起こった衝撃的な出来事。
最近、ある曹洞宗の坐禅会の指導をしているお坊さんにこの話をしたところ「そんな出来事あるわけない。うそではないですか。偽物ではないですか?」と、僕が嘘を言っているように疑われてしまった。

お寺ので何が起こったかというと、永平寺の本堂の真ん中には、道元禅師が直筆で書いた巻物がある。道元禅師は永平寺の開祖。

その巻物の中身は、正法眼蔵(日本最大級の哲学書)か、普勧坐禅儀(座禅のやり方を書いたお経)だったと思う。当たり前かもしれないが、開祖が約800年前に書いた巻物だ。それはそれは大切に扱われている。

大切な巻物は、三宝(お月見の団子を置く下の木の部分)の上に、数本の巻物と一緒に乗っている。

修行体験の合間、本堂を案内してくれることになった。案内をしてくれるお坊さんは、その大事な巻物を移動する仕事をしていると説明してくれた。

本堂でお坊さんは「この巻物を落としたりしたら即破門になり、永平寺を下山しなければならなくなります。それどころか、命に関わることが起きる可能性もあります」と話していた。

大事な仕事を任されているだけあって難しい作法を、なんどもなんども練習したそうだ。本堂の案内をしている時端の方で、偶然先輩が後輩に作法の指導をしていた。

普段やっている、巻物を持って移動する作法を見せてくれることになった。大事な巻物が乗った三法を持ってくると「この手に持つ三法を、腕に持ちかえる作法が難しい」と言い、実際にやってくれた。

お坊さん緊張したのかもしれない。バランスを崩してしまう。さすがにだいじな仕事を任されているだけあって、三宝を離し落とすことはなかった。しかし、三宝の上には何本か巻物がある。その一番上の1本が、ゆらゆら揺れて畳の上に落ちてしまった。

落ちた巻物は畳の上をゴロゴロ転がりだす。そのまま、畳の上で御開帳。紐で結んでなかったようだ。大事な巻物は、1メートルと半分ぐらい開いてしまった。しっかりと中身を確認することができた。

冬の永平寺で暮らしているお坊さんは、みんな雪のように真っ白。巻物を落としたお坊さんはその瞬間、澄み渡る夏の雲ひとつない空のように青くなってしまった。人の顔色が一瞬でここまで変わる姿を見たのは、後にも先にもこれが最後かもしれない。

昼が手を叩いた瞬間夜になっているぐらい、それぐらいの変わり身だった。お坊さんがそのまま永平寺の近所にある東尋坊に、ダイブしてしまうのではないかと心配になった。

お坊さんは、落ちた巻物をすごい勢いで巻き戻す。その姿を見て、永平寺破門になったら、巻き寿司職人になったら良いと一瞬思った。お坊さんは、気が動転しているのかキョロキョロしながら「誰も見てないよな」と確認する。

「しっかり、僕と数十人の仲間は見てました」と心のなかで思う。心の声を聞いたか、聞いていないのかわからないが「頼みます。誰にも言わないでください」と懇願された。体験修行の仲間と僕は、だれも何も口を開くことはなかった。みんな唖然としてその光景をみていた。

大事な巻物を移動するという仕事は、命綱のない綱渡りをするサーカスの団員と同じようなものだ。命がけで綱を渡り、もし失敗したら命を落とす。

お坊さんにとっては畳に巻物を落とした瞬間が、命の終わりのようなものだ。巻物を落とした瞬間のお坊さんの顔は、命を落とした時の顔そのものだった。

お坊さんは修行に行く際に、病気や不慮の事故で命を落としたときのために、最低限の葬式を行うためのお金を持っている。これを使うときが来てしまったと思ったのかもしれない。

落ちた巻物は、お寺で一番偉い人しか中身を見ることができないそうだ。今現在生きている人間の中で、その巻物の中身を見た人間は数人かもしれない。その一人になれたことは貴重だ。この出来事は、道元禅師からの奇跡の贈り物だと思っている。

巻物を見る見込みがある人間と認めてくれて、なにかしらの力が働き、巻物を見るきっかけを作ってくれたのだと。この縁が、いまだに座禅は続け、正法眼蔵を読み、たまに普勧坐禅儀のお経を唱える日々を作っているのかもしれない。

お坊さんにとっては災難だったが、お坊さんも巻物の中身を見た人間の一人だ。お坊さんのその後は知らないが、願わくは立派な僧侶になっていることを祈る。

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