瞑想を続けた結果と効果は!?時間と共に思わぬ能力が飛躍的に上がった

スピリチュアル

「あっ、野生のツーブロックがいる」声には出さず、心の中でつぶやいた。スマホ片手にモンスターを探し、新種を見つけたわけではない。週に2〜3回行く常連のカフェで、新人の店員さんを見つけたのだ。

もう6年も通っている常連のカフェ。店員さんの顔は一通り覚えているので、新人さんが入ってくればすぐにわかる。

「野生のツーブロック」は、新人さんを見た瞬間に思いついたあだ名だ。あだ名の由来は、刈り込みのキレイなツーブロック、ライオンを素手で手懐けそうなワイルド感からきている。新人さんだけではない。よく見る店員さんには、全員あだ名をつけている。

常連で店員にあだ名をつけるぐらいだから、会話でもするかと思えばそうではない。話した言葉は「ブレンドコーヒー」「お願いします」「どうも」この3語ぐらい。特に仲良しということもない。

会話もしたこともない。ほとんど知らない。そんな人に一瞬であだ名をつける。こんな能力を身につけたのは、ある変わった旅がきっかけだ。

 

京都駅から電車で40分。バスでさらに1時間。京都らしい観光スポットなどまるでない。あるのは大きな山と、大きな庭と、大きな宿泊施設。こんな辺ぴな場所に、男女合わせて100人も人間が集まっている。

100人の人間は、インドの古い瞑想法を学ぶために集まってきた。ブッタが再発見したといわれている瞑想法だ。ブッタが行なっていたからといって、仏教の専売特許というわけではない。ブッタが再発見した瞑想法なので、ブッタ以前からあったのだ。

瞑想法を習いに来る人間はさまざまで、バックパッカーや、外国人、ヨガを習っている人、心の病を抱えている人、老若男女、色々な人がいた。宗派や宗教とは一切関係なく、人種、社会的地位、宗教関係なく、全ての人が平等に学ぶことができる。

僕が瞑想法を習うきっかけは、座禅をするためある寺に座禅修行にいった時、この瞑想法の話を聞いたことがきっかけだ。座禅との違いを知りたいという理由もあった。

100人の人間はミーティングルームに集められ、ボランティアスタッフさんの説明が始まる。

「これから10日間の間、会話やコミュニケーションは禁止されます」会話どころか、人と目を合わせること、人に触れること、ジェスチャー等、コミュニケーションに繋がることは全て禁止だ。

「男女は完全に分離して生活します」滞在期間は10日間。女性と関わることは一切なし。瞑想する場所が一緒なので、どんな人がいるか見ることはできる。ただ、部屋が大きく薄暗いため、ほとんど認識できない。

そのほかにもたくさんの禁止事項がある。簡単に言ったら、瞑想の邪魔になることは全て取り払う。瞑想の邪魔になる行為はしなくていい。ルールを守って、ひたすら瞑想に集中しなさいということだ。

朝は4時起床。午後9時30分就寝。3食の食事と、散歩、休憩、シャワー、睡眠、それ以外はひたすら瞑想。部屋は8人の相部屋で、一人のスペースは布団1枚分。同部屋の人に対して、最初は無関心だった。瞑想を学ぶことが主体のためだ。

10日間も一緒に過ごすことになるので、時間がたつにつれ、どんな人だろうと興味がわいてくる。興味があるからと言って、コミュニケーションを取るわけにはいけない。みんな真面目にルールを守っている。

名札がついている訳でもない。名前を知るためのコミュニケーションもとれない。すると、興味を持った人と、それ以外の人と区別するために、あだ名をつけようとする。ぱっと見の特徴や、特徴ある行動をしていたら、それがあだ名となる。

例えば、よく食べる人がいたら「相撲解説者」

歩くのがはやい人がいたら「ウォーキングマシーン」

歩くのがおそいひとがいたら「ウォーキングデット」

イケメンでダンスやっていそうな人だったら「パーティーピーポー」など。

同部屋の人にあだ名をつけたら、食堂で見かける人にあだ名をつけていく。次には、休憩時間の散歩中に会う人にあだ名をつけていく。接触回数が多ければ多いほど興味をもつもので、次第にあだ名をつける輪が広がり、あだ名がついている人だらけになる。

この行動は、好奇心旺盛な子供に似ている。認識して興味をもったものに対して「これ何」「あれ何」「それ何」と、ひたすら質問をする。質問ぜめにされたほうは、あたふたしながら答えをだし、子供はその名前を覚える。

名も知らない。コミュニケーションのとれない。そんな中で、多くの中の一人の人間を認識し興味を持ったら、人間という形に、名が生まれる。

ブッタが「認識するためには、名前と形が必要」と言ったことを、身をもって学んだ気がした。

その人に興味をもったからこそあだ名をつけた。逆に考えると、あだ名をつけてもらえることは、興味をもってもらっていることとなる。今回は特殊な環境だったので、一般社会に置き換えると。

人に名前を自分からきく。会話をするときに、◯◯さんと名前をつけて会話する。これって、相手に興味をもっているとわかってもらうテクニックの一つになるんだと思った。

瞑想の最終日の10日目。知らない人にあだ名をつけるのが当たり前になったら、いつのまにか一瞬であだ名をつけるスキルがついてしまった。

最終日はコミュニケーションをとることが許される。同室の何人かに僕は声をかけた。「実は、いろんな人にあだ名をつけていたんだ」久しぶりに喋ることが理由で口がうまくまわらないが必死で言葉にした。

同室の寝言社長は「僕もあだ名つけていましたよ」と教えてくれた。

横で聞いていたモグモグダイスキーも「俺も、俺も、やってました」聞いてみると、同じようにあだ名をつけている人がたくさんいた。

「あの人どんなあだ名つけた?」と、それぞれがつけたあだ名を言って談笑した。ちなみに僕にはどんなあだ名がついたのか聞いてみた。

「ロンゲサムライ」なんだか微妙なあだ名だが、興味をもってもらっていたと思うと嬉しい気分になった。

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